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第8 おわりに

連携班が選択した「まず支援あり、しかるのちに相互理解」との思いが実際に実現したかどうかは私たち自身が評することではありませんが、会津支部の先生方が5月20日に開催された当会の定期総会に来賓として出席された際に、会津支部長のご挨拶を代読されたので、そのご挨拶の内容を引用して、この報告書を締めくくることといたします。

「新潟県弁護士会総会(平成23年5月20日、於ANAクラウンホテル)

御礼

この度は新潟県弁護士会定期総会及び懇親会に参加させて頂き、誠にありがとうございます。

福島県弁護士会は、本庁がなく、福島支部、郡山支部、いわき支部、白河支部、相馬支部、そして会津若松支部の6支部連合体となっており、それぞれ独立性が強く、いってみれば合衆国体制で、抑制と均衡が働く一方、まとまりが悪い弁護士会です。

会津若松支部は、支部会員12名、うち被災者支援相談には若手7名が取り組んでおります。

しかし、会津は広く、二次避難者も2000名を超え、避難場所も100カ所を超えるのではないかと思われます。

若手7名は、平日午後2時から4時まで、順番に無料電話相談を担当し、他方で出張相談に出かけています。

したがって、すべての二次避難所をフォローするのは不可能であり、そのような中で、新潟会の皆様には、本当に助けられております。

新潟会の先生方は、毎週土曜日、6名程の方が複数の二次避難所を巡られており、被災者ノートやその他の相談グッズを編み出されるなど、その創造力、行動力、機動力、その全てにおいて群を抜いていると思います。

そして、最もすごいところは、被災地弁護士会に負担をかけないという、きめ細かな心配りです。

新潟会は会津若松支部のお隣さんで、距離的にも近く、個人的にも新潟県内の水族館や遊園地、温泉地によく遊びに行ったりしているのですが、関弁連と東北弁連という異なるブロックに属しているからか、交流がほとんどありませんでした。

閉鎖的な会津としては、長岡藩にはお世話になったものの、津川エリアを取られた遺恨もあり、正直、新潟会をどこまで信じて良いのか、疑心暗鬼になっていた面もなかったわけではありません。

しかし、先週、上手に人を使いこなす新潟会の長(おさ)・S会長、独特の雰囲気を醸し出す突撃隊長・I副本部長、和をもって尊びとなす軍師・I副会長、そして上層部を支える実行部隊・S副会長のお人柄に、日をまたいで触れさせて頂き、一点の曇りなく、新潟会を信じて進んでいけばよいのだなあと確信させて頂きました。

先日、弁政連の定期総会後の懇親会で、男の貫禄漂わせる新潟会のグル・F日弁連副会長にお会いした際、「会津に派遣されているのは新潟会の精鋭部隊である」とお聞きしましたが、それが実感できた瞬間でもありました。

S会長やI副本部長らとの会合では、今後、拠点を設けて二次避難所の相談にあたって行く方向性を確認することもできました。

本日は支部長であるKが所用のため、参加できない代わりに、若松支部の若手ホープ3名を生け贄として献上させて頂きました。

福島県では、毎日、県が測定した「何マイクロシーベルト」の報告が天気予報のように報じられ、「メルトダウン」の言葉を聞いても驚かず、震度3程度の余震ではビクともしないような麻痺状態にあり、未だ被災が継続中です。

若手弁護士もストレスをため込んでいることと思います。かなり粗相をするかもしれませんが、若松支部にとって、大切な大切な若手ですので、大目に見て頂き、目一杯、可愛がって頂ければ幸いです。

Kを含め、今回を機に、いつ何時、新潟会に登録換えすることになるかもしれません。

新潟会に甘えすぎて、多々、失礼があるかと思いますが、海より深く、空より広い心で、ご指導ご鞭撻の程、宜しく御願い致します。

この度は本当にありがとうございました。

平成23年5月20日

福島県弁護士会会津若松支部長 K

(代読  M)」